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あの場所を離れて独りになって……
私はゆっくりと眠った事がない。
太い枝に腰掛け大木へ寄り添うように身体を預けても、浅く短い悪夢を見るばかりだ。
戦う私、嗤う朝日那、憤怒する天城、嘆く夕霧。
興奮した私の放つ刃は、眼に映る者全てを斬りつけて……
飛び散る、真っ赤な血が。
染まってゆく、美しい程艶やかに。
返り血を浴びた姿を見詰めるのは、寅先生と栄太郎。
『それでいいんです』
寅先生は微笑む。
『もう、君を愛せない』
無表情で冷たい栄太郎。
どちらの反応が正しいのか、嬉しいのか、悲しいのか、解らないまま立ち尽くす。
滴り落ちる生々しい音を聞きながら。
目覚めの朝は酷い頭痛に悩まされて、最近では食料を口にするのも億劫だ。
当然ながら、私の身体は随分と軽くなった。
でもたまに、不思議な夢を見る事もある。
現れるのはまだ年若い綺麗な顔立ちの男で、無邪気な笑顔を見せていたかと思えば、急に誰かの名を呼び藻掻き苦しむ。
『サチ姉、ごめん』
『サチ姉は幸せになって』
『サチ姉……俺はまだ、死にたくな…い……』
『……あぐりを……助け、て……サチ…ねぇ……』
背に大きな刀傷の痕。
こと切れた男の手の先では、女が泣き叫び陵辱されている。
助けようと足を動かすのに、何故か前へ進まない。
もどかしくて気が狂いそうに『やめろ』と叫んでも、見たくもない光景が脳裏に焼き付いて。
結局果てた後の男に女も殺され、無惨な遺体が二つ……生を失ったはずの眼が私を見ている。
『あ……うわああぁぁぁーーーーっ!』
駆け寄りたいのに、どうやっても近付けない。
悲嘆に暮れ空に向かい泣く事しか出来ない私。
そして目を覚ますと必ず現実の私も涙で頬が濡れていて、暫くは異常なまでに止まらない。
「サチ姉……って、誰よ……」
どこの誰だか思い出せないし、手に掛けた記憶もなくて……実際にあった出来事なのかも怪しいもんだけど。
まさか成仏出来ない魂が、くっ付いて回ってんじゃないでしょうね…?
下らない考えを自嘲して、今日もまた先を急ぐ。
筋書き通りにいかないのが腹立たしくもあり、楽しくもあった。
さぁ、京までもう一息!
必ず殺ってやるから首を洗って待っててね……?
降り出した小雨が高揚する頬を叩いては、粒となり後ろへと流れ…飛んで消えていった。
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