餞別

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「みんな、ちょっと集まってくれ」 ある朝、社長が社員を集めた。社員といっても、社長以下十数人しかいないちっぽけな会社だが。 「実はな、会社の金庫から、金を盗んだ奴がいる」 会社の金庫とは、社長席の後ろにある小さな手提げ金庫で、営業が客から回収してきた金を社長に渡し、それを社長がこの金庫に保管していた。 そしてその金庫の金を、週明けに社長自ら銀行に入金することになっていた。 金庫は暗証番号で開くようになっており、その暗証番号は社長しか知らないことになっている。 だが、そう思っているのは社長だけで、実際は社員全員が知っていた。 そして、この会社の鍵も普段は番号鍵付きの郵便受けの中に入っており、社員ならば誰でも好きな時間に社内に入ることができた。 「外部の者の犯行にしては、他に荒らされた箇所もなく手際が良すぎる。もし、この中に犯行に及んだものがいるならば、正直に言いなさい。金額だって僅かなものだ。今言えば大事にせず、依願退職という形にしてやらないこともない」 社員たちは、お互いの顔を見渡す。だが、ここの社員ならば誰にでも犯行の可能性があるのだ。 言い換えれば、犯人を特定するのが難しい状況で、わざわざ名乗り出て来る奴なんているわけがなかった。
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