餞別

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ある程度私物をまとめ、トイレに行って出てくるとトイレの前に伊藤恵子が立っていた。 「あの……黒岩さん。ほ、本当に黒岩さんが盗ったんですか?」 私に話しかけているのに、私を見ずにオドオドしている。なるほど、そういうことか。 「私が盗ったかどうか、伊藤さんが一番良く知っているだろ?」 その言葉に、はっと私を見る。 「い、いや……あの……。す、すみません! あの日、どうしてもまとまったお金が必要で……。で、でも、今日の朝早く来て返すつもりだったんです! そしたら、今日に限って社長が早く来ちゃって……」 「ふーん。まあ、いいよ。どうせ、近いうちに辞めるつもりだったしね。いい口実ができたよ」 目の前で小さくなっている伊藤恵子を見ながら言った。 言いながら、つくづく自分がおかしな人間だと思う。 伊藤恵子の使用したモノは愛おしくてたまらないのに、目の前の伊藤恵子本人のことはなんとも思わないのだ。
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