餞別

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「あの……、お金は必ず返しますから」 いったい、いくら盗んだのだろうか?  1週間分の集金額だとすると、大体2,30万というところだろうか?  だとしたら、そんな金よりももっと欲しい物がある。 「お金はいらないよ。そのかわり……」 「そのかわり?」 伊藤恵子が、キョトンとした表情で見つめる。 「そのかわり、歯ブラシをくれないか?」 「歯ブラシ? 買ってプレゼントしてくれ、ってことですか?」 「違う違う。伊藤さんの机に入っているだろ? あの、君がいつも使っている歯ブラシだよ」 そう言って、私は微笑んだ。 私の微笑みとは対照的に、伊藤恵子はそのまま固まっていた。 そして、彼女の瞳に浮かんでいた感謝の念が、見る見るうちに軽蔑の眼差しへと代わる。 そのとき、私の背筋に電撃が走った。 美しく、若い女性が私のことを汚物でも見るような目で見つめている。それが、なんとも言えない高揚感を産んだ。 そうか、私はMでもあったんだ。しかもドMらしい。
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