餞別

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餞別

「黒岩さん、残業ですか?」 伊藤恵子は、そう言いながらタイムカードを手にとった。 「うん。ちょっと急ぎの仕事があってね」 私は振り返り答える。 「そうなんですか。大変ですね、頑張ってください。じゃあ、お先に失礼します」 タイムカードを押した伊藤恵子は、そのまま振り返らずに会社を出ていった。 コツコツコツ……。 彼女のヒールの音がだんだんと遠ざかる。そっと外を覗くと、伊藤恵子の後ろ姿が遠くに見えた。 これで、今会社にいるのは自分だけとなった。 私はそのまま自分の席に戻らず、たった今会社を後にした伊藤恵子の席へと向かう。 バフン! スーハースーハー……。 まだ温もりの残る椅子に顔をうずめて、深呼吸をする。 ああ……ついさっきまで、ここに伊藤恵子の尻が乗っていたのだ。
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