*いちご*

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―――コン コン コン 部屋の壁を3回ノックする。 ――――コン コン コン 隣の部屋から帰ってくる3回のノック。 僕と兄さんの二人だけの“秘密の合図”。 1回なら『ただいま』 2回なら『お休み』 3回なら『そっちに行っていい?』 秘密にするような内容でもないけれど、 まだ幼かった僕達は、 ドラマで見た恋人達に憧れて真似ていた。 ノックが届くんだから、声だって聞こえるのに、 僕らは、お互いにしか通じない『言葉』が嬉しくて、 ずっと続けているうちにいつの間にか習慣になっていた。 「兄さん、入るよ」 言いながらドアを開く。 同じ回数のノックは、OKの合図。 「どうした、一期」 一期は僕のこと。 一期一会のいちご。 父さんが人との出会いを大切に、ってつけた名前。 「この問題、教えて欲しいんだ」 ローテーブルに座る兄さんに、 ぴったりくっついて座る。 触れる右半身が温かい。 僕が大好きな兄さんの体温。 少し高い体温に触れると、すごく安心する。 「一期は努力家だな」 そう言って、兄さんは僕の頭を撫でた。 優しい手つきが兄さんらしい。 「僕早く兄さんに追い付きたいんだ」 思ったままを口にしたら、兄さんは少し困ったように笑った。
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