星の囁き

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 ただ、基礎を一度理解してしまうと、応用は思いのほかすらすらとよく解けるようになっていた。  暗記は苦手だと言いながらも、俺と一緒に進めていくと「楽しい」と言って少しずつ頭の中にも入るようになっていた。  図書館で過ごす穏やかで優しい時間が俺には宝物のように大切だった。  やがて桜が散ると青葉が茂る。  風にも夏の気配が漂い始めて、吸い込むたびに季節の変わり目を感じていた。 「間宮は夏は好き?」 「……あまり、得意じゃ、ない……かな」 「暑いのは苦手か」  休日に図書館で勉強していたが、休憩を入れようと一度二人で外の空気を吸いに出た時だった。  冷えた缶ジュースが濡れると自分の手まで濡れる。  間宮は両手で包むように持っていた缶ジュースを見下ろして首を振った。 「違うのか?」 「夏……は悲しい、から」  風が木々を揺らしていく。梢がさめざめしく鳴いた。  その木から一匹のセミが逃げるように飛び出して行く。間宮はその姿を視線で追いかけていた。  俺は間宮の横顔をまっすぐに見ていることが出来なくなって、手元に視線を落とした。  夏は悲しいから──  なら、他の季節は悲しくないのだろうか。  そんなことはない、どの季節もきっと悲しいのだ。  それなら、夏の何が悲しいと感じたのだろう。  聞きたいと思ったが、やめた。なんとなく無粋な質問のような気がしていたから、そしてなんとなく……間宮の言っていることがわかって、納得したから。  秋は思いのほか早く訪れて足早に去って行く。それなのに間宮との思い出は積もるばかりで距離が縮まって行くのを実感すると、静かに喜んだ。  そして、ついに受験ムードを迎える。  テストの点数が気になり、クラスの雰囲気も今までの気楽なものから重いものへと変わっていく。  みんな、目の前の分かれ道に迷い将来に不安を抱いているのだ。 「この前のテスト、どうだった?」  俺たち二人は来るべき日のためにずっと備えてきたからクラスの奴らほど慌ててはいない。  いつものペースを崩さずに図書館で並んで勉強をしている。 「えっと……よく、できたって……思う」 「よかった。三問目なんかは少し苦手にしてたから心配したけど、あとは間宮なら大丈夫だったろ?」 「うん……問題が出来ると、真鍋くん……思い出して……私、うれしい」
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