163人が本棚に入れています
本棚に追加
* * * * * * * * * *
「……そうさな……其の後数十年、探し回ったよ」
膝より崩れ落ちる蘭樹を後目に、朔天は薄ら笑う。
「伊吹の首と俺の腕は此処に祀られた。……俺をおびき寄せる為であったんだろうなァ」
「……」
「婆に化け、何とか腕だけ取り戻し、だが其の後をつけられておったらしい。
あの時折られた俺の角にて封じられた」
蘭樹の反応は無い。
気にせぬまま、朔天はぐいと酒徳利を傾け、飲む。
「……………
朧が、渡辺綱(わたなべのつな)であったと」
焦点合わぬ眼のまま、跪き項垂れたまま。
蘭樹の唇より漸く虚ろに声が紡がれる。
其の声は只、垂れ流される様に。
「嗚呼よ」
「あの神は、"私"の事を知っておったのか…、」
「お前が"お前"だと気付いたは最近だろうなァ。
只、"俺"でもあった事は知らねェ筈だ」
「……」
「知っておったらあんなに躍起になって胸の呪いを解こうとせぬだろう?あの駄神め。
……憶測だがよ。此度あの陰陽師に着いて行ったも其れ絡みよ」
其のまま何事か、聞こえぬ程の声でぶつぶつと呟き続ける蘭樹。
朔天は徳利を空にした後、再び社へと目を向けた。
柔らかな風に包まれ、木漏れ日にきらきらと反射する社は、何処か気持ち良さそうに見える。
「手練衆から聞いた話、妖共を襲ったあの妖や狩衣共は京より来たと聞く。彼処に総ては集まっておる筈だが、あの阿呆共め。情報も無しに何をせんとや……」
「…… 京の…今の京の、様子が……知りたい……」
「向かわせたよ。
故に、だ」
「………、なれば」
す、と、蘭樹は立ち上がった。
此処数日の何処か危うい表情は取れ、目には生気と、悲しげな色が揺れている。……其処に、もう"し乃雪"と"蘭樹"の片鱗は見当たらず、茨木童子が初めて出会った蘆屋道満の其れが佇んでいた。
其の眼が、真っ直ぐに朔天を見遣る。
「先ずは、九十九神社にて纏める他に無い。
霞くんは健在だね?」
「嗚呼よ」
「彼女からも話を聞かねばいけない。忙しくなりそうだな、茨木くん」
「大江山を離れた人の時の名に"朔天"と着けてくれたはお前じゃあ無ぇかよ?」
「嗚呼、そうであったね…朔天くん」
其の様に、食われた恨みは見えない。
其の事を聞こうとした朔天であったが、
「……私を食らった事には少々恨みもあるが。
私を思っての行為であったのだろう?」
「あ?………さぁね、忘れた」
「宿り木の事、朔天の名を大切にしてくれた事、どれも礼を言うべき事だ。
きみは友人だよ。……良きか悪しきかは分からぬがね」
目を逸らし、朔天は只一言。
「うるせぇな、」
とだけ、返した。
最初のコメントを投稿しよう!