慟哭(な)いた赤鬼

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  * * * * * * * * * * 「おや、こんな昼中まで何処へ行っていたんだい?」 廊下を歩く自分を、不意に見付けるは伊吹。見事な六本角がゆるりと揺れ、闇夜の如き黒髪が音無き音を立て。 …… 私の意識は混濁している。 ― 確か、陽が真上に来るまでずっとあの鬼に……  犯され続けて…… 静々と、警戒心無く近付いてくる其の鬼に、何か行動しようと言う思いも、声を掛けようとも思うこと無く。 しかし、何故か勝手に身体は動き、頬が笑みを作る感覚がする。 「見付かっちまったか、」 零された声は自分のものに在らず。酷い違和感を覚えたが、込み上げる吐気の如き其れはすぅと馴染んでいく。 「眩しい中の散歩も良いもんだ。 一緒に、今から行くかえ?」 「否、止めておくよ。"茨"、」 酷く柔らかい声と笑みで、私を呼ぶ。 ― …… "私"を、呼ぶ?   其の名は、私の名であったか……? 「もう寝よう。俺は眠いよ」 「風呂に入ってからな?お前も一緒にさ」 「甘えん坊め、……?」 ふと、伊吹の顔が私の喉元へ。すん、と軽く嗅いだ後、人ならぬ目がすと此方へ向き。 「……そう言えば、茨。あの人間は如何したのだい?」 「さぁ?帰ったんじゃあ無いかえ?」 「嘘だねぇ、美味そうな匂いがするよ?」 長い舌が、喉元をつぅとなぞる。 「ヒトのえぐみが苦手と言うて今まで食うた事無かったお前が、あのヒトは食いたくなる程と」 「何じゃ、妬いておるのかえ?」 「ちいと、な。其れに、 …… 今までの策が、総て無くなってしまったよ」 言うなり、……ガリ、と鋭い痛み。其のまま皮膚が破かれる感覚。 伊吹の、妖しく舐めずる舌に、長く鋭い牙に、血。さも美味そうに笑んだ鬼の冷たい眼と、鎖骨をつうと伝い落ちる自分の命の温度が、ぞく…と腹の下辺りを震わせる。 ― ……嗚呼、この鬼は怒っておる……   何と愛おしい双眸……   見てくれているよ、この……   ……"俺"を……。 「さて、如何してくれようかな…… 少しばかり気分が悪い」 「あの"ヒト"が居なくなったからかえ? 嫌だよ、俺を見て?ねぇ、」 「…………。 お前の其の意地の悪さだけは好きになれないよ、茨。 食欲を我慢しておった俺が馬鹿であった…… 悪いが、一人で眠ろう」 興が冷めたかの如く。呆気なく踵を返した愛しき背を、俺は只見送り。 其の姿が屋敷の角へ消え行った辺りで、先程から止まらぬ下腹の疼きを、爪立てて堪える。 「…… なァ、折角お前を食うで無く、魂ごとこの鬼神の一部にしてやったと言うに。 早々にばれてしまったわえ……お前が其んな匂いを撒き散らすから」 先程まで混濁していた別の意識は、最早氷が溶けるかの如く馴染み、一つの"俺"となっている。 先程思い付いた大きな目的の為にそうしたとは言え、其れはとても愉快で、または酷く快感で。 「……まぁ、良いか」 愛する者で発散出来なくなってしまった下腹は、ギリギリと誇張しながら既に泣き始め。 やがて、俺は声を漏らして笑った。 笑いが、止まらなかった。 酷く愉快だ。  
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