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燃える様な空が、俺の肌をぞくぞくと震わせる程に鮮やかであった。
嗚呼、覚えている…… あの宵だ。
「副頭、」
崖の先で夕の陽を眺めていた俺の背後より、声。金熊の声だ。
「何ぞ、」
「良いのですか?先程より頭領が」
「……
あの男に俺は必要なのかえ?」
「…え?」
常に冷静な金熊らしからぬ声が俺の背を突く。…が、又何時もの落ち着いた言葉が続く。
「恐れながら、何かあったご様子…
茨木様。内密に致します故、お話し頂けませぬでしょうか?」
「何故聞くよ?」
「其れは今更野暮で御座いましょう、」
そうだった。
この男、俺が大江の砦に住まう事になる前より俺に付き纏い、何時しか最も信じられる者となっていた。
……伊吹よりも、遥かに付き合いは長い。
大きな溜息が出た。久しく溜め込んでいたものがあったらしい。
「…… 否、やめておこう」
「左様、ですか」
付き合いが長い故、見せられないものもある。
薄ら暗い其の感情を、しかし伊吹の為に使わず何になる?
其れよりも。
ほんのりと感じた違和感がある。
― ……金熊め、如何した?
この山に来て数百年、この様な気の回し方は一切無かったのに。
「其れより、お前」
振り向けば、夕の陽に照らされながら跪く金熊の姿がある。
「伊吹が呼ぶは何時もの事じゃあ無いかえ?この刻、大抵飯故によ。
……別の用事がお前にはあるんじゃあ無ぇかえ?」
「は……、内密にお伝えしたき事が」
「言え」
「西方より向かい来る集団を補足しました。真っ直ぐ大江山へ向かい来ている様子」
「ほぉ?」
「陰陽寮の斥候やも知れませぬ……急ぎ、副頭にも確認頂きたく」
「………、
なァ」
「は、」
「お前は誰だ?」
刹那、ギュル、と黒い何かが金熊より襲い来る。夜を布にした様な其れは視界を塞ぎ、きつくこの身を締め上げる。
「この、くそ…」
「かの者の所へは行かせぬ!」
聞こえ来た声色は金熊ではない、女の声。獣と香の混じった僅かな匂い…察する。こいつは、
「あのクソ狐か!?」
「遅い!!」
咄嗟に後ろへ飛ぶ。崖がある、この身が地を離れ宙を落ちる感覚。途端グイと引かれた金熊もどきの悲鳴、黒い何かが弛み視界が開けた。
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