慟哭(な)いた赤鬼

17/18
161人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
  * * * * * * * * * * 燃える様な空が、俺の肌をぞくぞくと震わせる程に鮮やかであった。 嗚呼、覚えている…… あの宵だ。 「副頭、」 崖の先で夕の陽を眺めていた俺の背後より、声。金熊の声だ。 「何ぞ、」 「良いのですか?先程より頭領が」 「…… あの男に俺は必要なのかえ?」 「…え?」 常に冷静な金熊らしからぬ声が俺の背を突く。…が、又何時もの落ち着いた言葉が続く。 「恐れながら、何かあったご様子… 茨木様。内密に致します故、お話し頂けませぬでしょうか?」 「何故聞くよ?」 「其れは今更野暮で御座いましょう、」 そうだった。 この男、俺が大江の砦に住まう事になる前より俺に付き纏い、何時しか最も信じられる者となっていた。 ……伊吹よりも、遥かに付き合いは長い。 大きな溜息が出た。久しく溜め込んでいたものがあったらしい。 「…… 否、やめておこう」 「左様、ですか」 付き合いが長い故、見せられないものもある。 薄ら暗い其の感情を、しかし伊吹の為に使わず何になる? 其れよりも。 ほんのりと感じた違和感がある。 ― ……金熊め、如何した?   この山に来て数百年、この様な気の回し方は一切無かったのに。 「其れより、お前」 振り向けば、夕の陽に照らされながら跪く金熊の姿がある。 「伊吹が呼ぶは何時もの事じゃあ無いかえ?この刻、大抵飯故によ。 ……別の用事がお前にはあるんじゃあ無ぇかえ?」 「は……、内密にお伝えしたき事が」 「言え」 「西方より向かい来る集団を補足しました。真っ直ぐ大江山へ向かい来ている様子」 「ほぉ?」 「陰陽寮の斥候やも知れませぬ……急ぎ、副頭にも確認頂きたく」 「………、 なァ」 「は、」 「お前は誰だ?」 刹那、ギュル、と黒い何かが金熊より襲い来る。夜を布にした様な其れは視界を塞ぎ、きつくこの身を締め上げる。 「この、くそ…」 「かの者の所へは行かせぬ!」 聞こえ来た声色は金熊ではない、女の声。獣と香の混じった僅かな匂い…察する。こいつは、 「あのクソ狐か!?」 「遅い!!」 咄嗟に後ろへ飛ぶ。崖がある、この身が地を離れ宙を落ちる感覚。途端グイと引かれた金熊もどきの悲鳴、黒い何かが弛み視界が開けた。  
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!