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どうすりゃいいんだ、とぽりぽりと指で頬をかく。
矢野は俯いて肩を震わせてるし、矢野の連れには睨まれ、教室に残るクラスメートたちからは無遠慮な視線を向けられて。
この気まずい雰囲気を作り出した張本人は俺だけど、早く翼の元に行きたいと切実に思った。
「やっぱり、」
「え?」
ふいに、矢野が両目から涙を落としながら顔をあげた。
ゴクリと、誰かが息を飲み込む音がする。
「……そういうとこも、好き」
「「「え」」」
目をまんまるにして矢野を凝視したのは俺だけでなく、クラス内全員の声が重なった。
そんな俺たちが可笑しかったのか、矢野は真っ白な手袋をはめた左手を口元にあて、クスッと笑った。
「一哉くんの特別になれた子って、めちゃくちゃ幸せだと思う」
「そんなこと、」
「……羨ましい」
「あ、」
「夏美!!」
最後に笑顔を見せ、身を翻して教室から走り出て行った矢野を、矢野の連れは慌てて追いかけていく。
「あの雰囲気でバッサリ言える一哉もかっけえと思ったけど、矢野もかっけえな」
ぽかんと間抜けな表情なまま残された俺は、隼人にポンと肩に手を置かれ、我に返る。
「俺、惚れちゃいそう」
隼人の言葉に矢野をフッたはずの俺が、無意識に頷いていたことに……クラスメートたちはいまだに矢野が出ていった扉を呆然と見つめていて、誰も気がつかなかった。
******
「兄ちゃん、可愛い子フッたんだってな」
「……何で知ってんだよ」
病室に入ってきた俺に気がついた翼は、読んでいた雑誌を閉じ、開口一番にそう言った。
またその話かよ、と帰り道散々その話題で隼人にからかわれていた俺は、内心ため息を吐きつついつもの丸椅子に座ろうとした。
――バサッ
「っ!? 何すんだよ!」
が、顔への衝撃と共に一瞬視界が真っ暗になりとどまった。
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