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「毎日俺んとこになんて来なくていいから……彼女作って、普通に楽しめよっ」
「……翼、」
「俺は……っ、兄ちゃんの重荷になんか、なりたくねえんだよ!」
――俯き、肩を小刻みに揺らす翼の姿に、俺は本気で吃驚していた。
中高生向けの雑誌を読んで、髪型や服でどんなに着飾っても、どれだけ背伸びしていても、翼は普通に学校に通っていればまだ小学六年生だ。
甘えるのが恥ずかしいと思うような年頃とはいえ、まさかそんなことまで考えてくれているとは思っていなかった。
俺のワイシャツを掴む翼は、弱い力で強く、俺を揺さぶる。
「俺が普通に出来ないことを、兄ちゃんが代わりにやってくれよ!」
「……っ、」
「我慢なんて、しなくていいから!」
“告白を断ったのは、翼の為じゃない”
――真実であるそれは、言おうと思えば簡単に言えた。
けど俺は、胸に突き刺さる翼の叫びに、遠くて近い、“同じ内容の別のこと”を考えていて、簡単には言えなかった。
今日の目的を、果たすべきか悩んだ。
自分が選んだ『進路(ミチ)』を、翼に話すか、話さないか。
それだけでなく、俺が選んだ選択肢は間違えていなかったのか、と今更どうすることも出来ないことまで考えてしまっていた。
選んだ進路を話せば、翼はさらに自分を責めるだろう、と思った。
けれど話さなくても、今はよくても、いずれバレたとき、翼はきっと今日のように自分を責めるだろう、とも思った。
“――生きていて良かったと、産まれてきて良かったと思わせたい”
いつかの俺の願いが甦るのに、今、目の前の現状で、翼に後悔させようとしているのは、俺だった。
泣き崩れた母さんの姿を見て、迷いは消えたはずだったのに、翼の涙を見て、何が正しいのか分からなくなった。
誰かの為に。
誰かの所為(セイ)で。
似て異なる二つの言葉が、ぐるぐると回る。
――その時。
「翼……俺さ、夢があんだわ」
まるで、ふいに空を見上げて流れ星を見つけたときのように、俺は答えを見つけた。
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