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胸の奥で、かつて胸に巣食った悲しみが微かに蘇り、俺は傘の柄を握りしめる手に力を入れ、いまだに涙を流し続ける、空を仰ぎ見た。
「……大人、なんかじゃない」
「え?」
「俺も絶対、家族が死んだら、情けないくらい泣きわめく……会えなくなることが、怖い」
俺が、父さんを失ったときもそうだった――そう話し始めた俺の横で、女の子は静かに俺の話を聞いていた。
******
俺の記憶に残る父さんは、知的で落ち着いていて、けれどよく笑う、優しい父だった。
死因は、交通事故。
違反速度を出して信号無視をした軽自動車にひかれ、即死だったらしい。
父さんが死んだ、と母さんに告げられたとき、幼さ故に、俺は最初、“その意味”をきちんと理解出来ていなくって、葬式の最中も、泣いている母さんに釣られて泣いているようなものだった。
数日後、漸く、当たり前にあったはずの父さんの姿が無いことに違和感をおぼえた俺は、父さんに教わっていた縄跳びの縄を片手に、母さんに『とうは?』と尋ねた。
それを聞いた母さんは、手で口を抑え、首を横に振り、また頬に涙を流した。
もう、帰って来ないのよ、と母さんに言われても、嘘だ!と受け入れたくなかった俺は、暫くの間、玄関の前で父さんの帰りを待ち続けた。
会えない日々が続くと、会いたいという思いがより強くなっていく。
母さんが翼をあやしている間、俺の相手をしてくれるのは父さんだった。
落ち込んでいたら話を聞いてくれて、嬉しいことがあったら、一緒に喜んでくれて。
話したいことが沢山あったし、帰ってきたら怒ってやる、とも思っていた。
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