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「……どうして、笑ってくれたんだろう」
コンクリートの固まりに腰掛け、指に挟んだ煙草の煙と同じように流れてていく飛行機雲を見上げている俺に、恋人の葉月が言った。
「私、最低なことをしたのに」
「……そうだな」
いつも化粧や髪型に気を使う葉月が、瞼を腫らし、両目から涙をこぼしている。
本当なら、直ぐにでも拭ってやりたい彼女の涙を、今日だけは……今日だけは、俺が拭うことは出来ない。
「きっと……翼だからだよ」
空き缶に煙草を押し付け、右手を伸ばし葉月の左手を掴んだ俺は、葉月の細い薬指に通るそれに、目を落とす。
「……アイツはお前を、本気で大切に想ってたから」
「っ、」
ぎゅっと瞼を強く閉じた葉月は、右手を広げ、まるで幼子のように勢いよく俺の首に抱きついてきた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!!」
「……うん」
額を俺の肩にあて、強く叫ぶ葉月の少し暗めな茶色い髪に、左手でそっと触れる。
今日は、大の大人が人前で声をあげても許される日。
泣き叫ぶ葉月に気がついても、誰もが見てみぬフリをしてくれる日。
俺を探しに来たであろう隼人が、一瞬葉月の姿に眉を寄せ批難めいた目を向けたけれど、唇を噛みしめ何も言わずに立ち去ってくれた。
「……一哉」
隼人の姿が見えなくなると同時に、葉月は急に静かになった。
葉月は俺の肩から額を離すと、虚ろな目で俺を見下ろし、何か言いた気にそっと俺の頬に触れる。
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