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葉月の震える手のひらと瞳に、葉月が俺に何を告げようとしているのか悟ったとき、やっぱり翼には敵わねえと、左手で目頭を抑えた。
「お願い、」
「……」
「別れて」
『アイツ優しいから、絶対にこう言うからさ……だから、約束してくれよ』
俺に背を向けてベッドの上に横たわる翼の、葉月への想い。
俺への想い。
止まらない。
止まらない。
止まれない。
翼への想いを、涙を、止めたくない。
「……嫌だ」
「!!……でも、じゃないと私は、私は……んっ!!」
右手に力を入れ掴んでいた葉月の手を強く引き、葉月の唇に触れるだけの口付けを落とした。
今まで俺の顔から視線を逸らしていた葉月は両目を見開き、顔を離していく俺の目から零れ落ちていく雫に気がつき、息を飲んだ。
「翼と、約束したんだ……お願いだから、翼との約束を守らせて」
*********
――十年前。
「……おかあさん」
「なあに?」
「いた……い、くるし……っ」
「えっ、翼!?──誰か、誰か来て!」
家族で旅行に出掛けた帰りの飛行機の中、当時六歳だった翼は、『急性肺塞栓症(長時間体制を変えないことにより下半身の血流に血栓がつまる症状)』を発症し、激しい息切れや、呼吸困難を起こした。
「道を開けてくださーい! 通ります、通ります!」
不幸中の幸いにも、飛行機が着陸した直後に発症したため、翼はすぐに病院へと運ばれた。
空港医療関係者の迅速な対応にも助けられ、手術は無事成功し、翼は一命を取り留めることが出来た。
「……もう、大丈夫です」
「良かった……本当に良かったっ」
父親を四年前に亡くしていた当時十歳だった俺は、泣きながら母さんと抱き合い喜んだ。
――けど。
「体質……ですか?」
「はい。現状を良くするには、暫くの間入院していただく必要があります」
その後の検査で、翼はもともと血栓ができやすい体質であったことが判明してしまった。
翼は抗凝固治療法(血液を固まりにくくする作用のある薬を点滴に投入し、静脈に流す治療法)を行いながら、八ヶ月もの間入院生活を送った。
「にいちゃん……早くおうちに帰りたい」
「……頑張れ、頑張れ翼」
ストレスからか日に日にやせ細っていく翼に、俺は手を握ってあげること以外どうしてやることも出来なくて、唇を噛み、己の無力さを嘆いた。
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