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眠るように静かに目を閉じている翠都を見守ること1時間ほど経った頃、ようやくその瞼がゆったりと開かれた。重たい体を両腕で支えて起き上がった翠都は緑川も架神も見ずにじっと誰も立っていない場所を見て、笑った。
「大丈夫、大丈夫だよ。三橋さん」
「翠都・・・?」
大丈夫だと小さな子どもをあやすような声、聞き覚えの無い名前。翠都はあの少女に話しかけているのだと気付いて緑川は後ずさった。
「知ってほしかった、だけだよな。誰かに気付いてほしかっただけ」
学校の七不思議、足のない少女。17時26分に足の無い少女が現れ、足を返せと追いかけてくる。捕まれば最後両足を失うという噂が流れていた。誰も信じない、けれど多くの人が語ればそれが真実のようになってその場所にしばられていた彼女を形作ってしまった。
ただ静かに、穏やかに、還れるそのときを待っていただけの彼女の足を生者の言葉が奪った。
「君の生きてきた時間も歩いてきた時間も確かに俺が見たから。大丈夫、な?」
「三橋さん、だったかな。君が選んだ人はどうだった?」
翠都が目を覚ましてから様子を伺っていただけの架神が漸く声をかけた。それは翠都ではなく霊である少女に。すると翠都の視線の先に両手で顔を覆った少女が現れる。ぼんやりとだが緑川にも誰かが居ると認識できた。
ーごめんなさい、ありがとう。とても、やさしいひと。わたしのために泣いてくれたー
「大丈夫。君はまだ誰も傷つけていないから酷いところには行かないはずだよ。だからもう逝こう」
ーうん、うん。ありがとうー
「三橋さんにはどこにでも歩いていける足があるよ」
架神の言葉であの場所から離れる決意をし、翠都の言葉に背中を押されて彼女は歩いていった。自分の足でしっかりと道を選んで。
彼女が消えて、少しの静寂の後に漸く翠都が口を開いた。
「・・・で、どちらさまですか?」
「ああ、そういえば名乗ってなかったけど・・・覚えて無いかな?君随分小さかったし」
「・・・」
艶の良い黒髪、赤い目、優しそうな喋り口調、翠都の小さなとき、と一つずつつなげていくと、翠都がハッとしたように顔を上げた。
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