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風に揺れて花弁を舞い散らせる、桃色の花を満開に咲かせた、一本の木。
桜の木が、そこにあった。
何故か木の周りだけ、吹雪がぴたりと止んでいる。
まるで、そこだけ時が止まっているかのようだった。
冷えきっていた体に体温が少しだけ戻る。
重い体に鞭打って、三成はゆるゆると立ち上がった。
「此れが、半兵衛様の仰っていた桜の木か……?」
呟くように問うが、勿論答えはない。
「三成っ……」
背後から声がして、三成ははっと振り返った。
フードを被った家康が、よろめきながら此方に歩いてきている。
「貴様、何処に行っていた!」
「それは此方の台詞……まぁ、それはいい。此れが例の木か?」
「恐らくな」
三成は再び木を見上げた。
どんなに目を凝らしてみても、普通の桜と此れと言った特異点は無さそうだ。
さわさわと枝を揺らすたびに、花弁が散っていく。
と、家康が三成の名前を呼びながら肩をつついた。
気安く触るなと手を払い除けながら、何だと尋ねる。
家康は無言で、桜の木の根本を指差した。
一体何が在るというのだろう。
指の先を凝視する。
そこには、一人の少年が佇んでいた。
年の頃は、三、四歳と言った所だろうか。
三成は普段幼い子供と関わることが少ないため、明確にはわからない。
艶のある漆黒の短髪が揺れているのが見えた。
死装束のような真っ白な着物に、負けず劣らずの白い肌。
幽霊だと言われれば迷わず頷いてしまいそうな、何処かに地に足が着いていない雰囲気の少年だった。
「何だ、あいつは……」
三成が呻くように言ったとき。
少年の体は、寿命を終えた木が土に還ろうとするかのように、ゆっくりと傾いた。
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