伊勢物語

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菫が目を覚ますとそこは見たこともない部屋だった。服装も白いワンピースに変わっている。ごてごてと並べられた美術品には塵一つなく、きちんと掃除はされているらしい。菫の頭に浮かんだのは最悪の場所、菫の祖父母が住まう豪邸の一室だろう。 「………最悪」 菫が津川のマンションに帰った時、口元にハンカチを背後から当てられた。おそらく背後に居たのは祖母の手先。津川が菫から離れた一瞬の出来事だった。かばんにしまっていたタロットカードも見つからない。かばんは部屋の玄関に落ちてしまったようだ。 突如、扉が開く。そこに居たのは菫がこの世で一番会いたくない人、菫の人生と母の人生を歪めた張本人、神月松葉だった。まるで江戸時代の人のように白髪を結い上げ、深緑の着物を着た祖母は品定めをするかのように菫を見る。 「随分、綺麗になったこと。これならば神月の家を侮辱されないでしょう。貴女は神月の女、家の繁栄だけを望みなさい」 威圧的な口調でもやはり、品がある。だが、その視線は獲物を見つけた飢えた狼のように鋭い。思わず、菫はその視線から逃れるために俯いた。
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