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なかなかどうして、この施設は何時も真っ青な空と真っ青な海に囲まれ続けているのか。
スコールすらも短時間で止み、辺りが闇と星に包まれるまで…否、その後すらも色鮮やかだ。
自然と上手く調和しているこの島が人工島である事に、恐らく言われるまで誰も気付かないだろう。それは、仕事で此処に通っている俺も同じだ。
太陽に向かって伸びる椰子の木も、流木や貝殻が打ち上げられた真っ白な砂浜も、その砂浜を呑気に歩いているヤドカリすらも違和感無く其処に居る。
仕事を放棄するつもりはないが、俺はいつもこの島に着くと直ぐにこの海岸で一服する。
潮騒を含んだ風が心地良く、人影の無い此処はまるでプライベートビーチの様な心持ちにさせてくれる。何度水着と女の子を連れ込もうかと思った程だ。
只、残念な点が一つある。
実を言うと、この島は軍事施設だ。俺が居るこのビーチの背後には無機質なコンクリートの壁が高くそびえ、美しい景観は振り向いた直後に崩れ去る。俺はその壁と茂る木々の合間を縫い、スーツを少し汚してこの砂浜に来る、と言う訳である。
今日もまた、スーツクリーニング代分の癒やしを乞おうと壁伝いに足を運び、用のある施設と真逆の端であるこのビーチに佇む。
煙草三本程度の時間を費やし、携帯灰皿に吸い殻を仕舞い、気だるく振り向く。
無言でそびえ立つ鉛色のコンクリート壁。
7~8m程あるその壁の上に突飛な変化を見出したのはこの時が初めてだ。
振り向いた先、視界の端に飛び込んで来たのは、それこそ『此処』でなければ目を疑うべきものだった。
緋色の毛並みを太陽で温め、良い顔をしながら壁の上で伸びている…
「… 猫、人間… か?」
俺が唖然たる表情で呟いた一言は、後ろに倒したその耳に入った様で。
垂れた長い尻尾がひく、と鉤型にひくつき、全身赤い毛で覆われた猫人間は顔を上げ、こちらに気付く。向けられたその顔は更に俺に衝撃を与え、気付けば俺は猫が居る壁の麓へと駆け寄っていた。
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