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「そんな」
イゼにようやく笑顔が戻った。
と、突然殺気を感じ、反射的に身構えたが時既に遅く何かに背後を取られていた。
「てめぇ……なに抜け駆けしてんだコラ」
とても聞き覚えのある声。
殺気は嫉妬だった。
いつの間に起きてどうやってここに来たのか、まったく感じなかった。
ロット衝撃の登場にイゼも言葉なく戦慄している。
どうやら彼を低く見すぎていたようだ。
「いや……すまない。
抜け駆けのつもりはないんだが。
お前が寝ていたものでな」
「こうなったら、お前よりもっと仲良くしてやる!」
戸惑うイゼを指差しロットは息を巻き、張り上げた声に足元から深夜の大声を咎める怒声が聞こえた。
イゼとの生活のスタートも、やはり隣人に平謝りすることから始まった。
◇◆◇◆◇
黒族の陪審員。
名はアリオと言う。
黒族の特徴の浅黒い肌と、灰色の瞳がやけに印象的だった。
ぼさぼさの髪の毛の間から覗いたその目に捉えられた時、絶望的な気持ちになった。
矢を射るような視線が突き刺さるようで、殺される、と思った。
間違いなくそうなると感じた。
その時は単なる顔合わせで、ただ名を名乗ったっきりのアリオとその日別れてからもずっと得体の知れない恐怖が体にこびりついて離れず、慣れるまでは人間界の合同勉強会などとても集中できたものではなかった。
その眼が今また目の前でぎらぎらと光っている。
射すくめられ、まるでそんな力でもあるかのように指一つ動かすことができない。
そうなのかもしれない。
彼の瞳にはそんな力が宿っているのかもしれない。
そう言えるのは黒族の力について誰も知らないからだ。
戦場で黒族に力を振るわれる、それは死を意味するからだ。
誇張ではなく事実としてそうだ。
永い永い黒族の戦乱の歴史の中で不思議とその力は判明していない。
攻めては引き、引いては攻める黒族は特有の力を証言する者を残さない。
無言で、睨みつけられたまま動けなかった。
片手にぶら下げた誘導棒が赤く点滅している。
夜の街、ビルの隙間。
道路上を吹き抜けていく凍える風でアリオの髪がなびいて灰色の瞳を不気味に見え隠れさせた。
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