* 白 * 約束は?

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 自分の手を見つめる。 ロットとアルバイトを始めるまで一切労働を体験したことがなかった華奢な王族の手。 この手に、この体に、本当に凄い力が眠っているのだろうか。 あの日の少女を見つけて、誓いの力を取り戻しさえすれば誰の手も借りずにアリオを、アイジャックを駆逐することが出来るだろうか。 誰も悲しませずに済むのだろうか。 それが叶うような内容の誓いだろうか。  気がつけば駅前まで来ていた。 いつもロットと人間監察をしていた、地下のある駅前の広場。 何も考えず横断歩道を渡り、路面電車の通る大通りを歩き出す。 このまま行けば一度見たことのある城へ着くはずだった。  金烏城、とシャスカに教わった。 そびえる黒い外壁に黒族を連想させられて嫌な気分になった。 明るいこの世界に異様な雰囲気で孤立する城に自分達鬼を重ね合わせもした。  頭の中を何度も考えた案がちらつく。 結局それしかないのだろうか。  ふと、出会うつもりはなかった顔が目前に現れた。 地下道の出入り口から地上に出てきただけで、それだけなのに激突したような印象があった。 「九」  片手で数えるくらいしか呼ばれたことのない名前を呼ばれた。 すっかり忘れていたが、こちらに来た時にシャスカが考えてくれた名前だ。 昔この国にそういう名の歌手がいたそうなので、そう違和感はないはずと教わった。  シャスカの恋人の妹、愁。 知り合って半年以上になるがそれ以上彼女の何も知らない。 こうして友人に囲まれて楽しそうにはしゃぐ彼女を、今まで一度も見たことはなかった。  硬直してしまっていた。 名まで呼ばれた今となってはもう知らぬ振りはできずそれで通してくれる相手でもない。  彼女が名を呼ぶことで友人達の会話まで止まってしまっている。 こんな風に、鬼は不自然な存在なのだろうか。 ここにいてはいけないのだろうか。 妙な希望など持たないほうがいいのだろうか。 彼女たちに化け物としられているわけではないのにそう思ってしまう。  もし人間だったなら、使命など背負っていなければ、何とも戦う必要もなければ、彼女と楽しく言葉を交わすこともできるのに。 「何してるの? ひとりで外にいるとこ初めて見た」
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