* 白 * 約束は?

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「ああ……ちょっとな」  いつも彼女から向かってきていて、こんな街中で偶然会うとは思わなかった。 いつも眉を吊り上げて迫ってくる彼女とこんな風に落ち着いて話せるとは思わなかった。  今一番会いたくなかった相手かもしれない。 彼女の存在はどうしてもシャスカを連想させる。 黒族と戦う為に彼の力を借りたい。 得体の知れない誓いを上げているのはお互い様だ。 僅かな力でも借りて黒族と戦う糧にしたい。 しかしそれは以前以上に彼の生活を乱すことになる。 命を失う可能性が高い。  死んでしまうかもしれないけれど、君の姉の恋人を貸してもらえないか? 馬鹿な相談だ。 例え彼女が姉を憎んでいたとしても承諾はしないだろう。  しばらく同じようにぼうっとしていた愁が彼女の横にいる、彼女と似たような背格好の友人に耳打ちされ思い出したようにぽんと手を打った。 「そうこいつ! 秘密にしてたけど実はこいつ!」  突然、腕にしがみついてきた。 取り繕うような嘘の笑顔を浮かべている。 呆気に取られていると友人たちも反応に困るような顔をしていた。 「どういうことだ?」  問うと笑顔を張り付けたまま耳元に口を寄せてくる。 生暖かい息がむずがゆい。 「お願いだから話合わせて。 迷惑かけないから」  要領を得ないが極力黙っておこうと決めた。 それが無難だ。 女同士の会話に男が口を挿まない方がいいのは鬼も人も変わらない気がする。  じろじろと遠慮のない視線に包囲され目の前の店に連行される。 人間観察の時に何度も見かけた店ではあったが入るのは初めての赤と黄色の看板の店。 背中を押していた愁が前に回り、一度だけこちらを拝んでからカウンターに群がる友人に加わり店員に向かい口々になにやら囃し立てた。 何を言っているかはよくわからない。  他の人間を見てみるとカウンターから離れる客のほとんどがトレイに食べ物を乗せて店の奥に入っていった。 どうやら飲食店らしい。 彼女達は初めからここに用があったようだ。
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