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いつの間にかカウンターには誰もいなくなっていた。
「行くよ」
そう言って愁が二階へ上がっていく。
従って二階に上ると愁と友人たちが窓際のテーブルに陣取っていた。
手招きされるまま愁の横に腰掛ける。
二階席に客はまばらで、窓から表通りが見渡せた。
「本当にその人があんたの彼なの?」
向かいの席に座ったやや冷めた目の女が呟いた。
じっと心の奥まで覗き込まれているような気がして不快だ。
「うん、ちょっと前からね」
「ビジュアルは悪くないけど……あんたが年下好きとはねえ」
「きっかけは? きっかけは?」
別の女がはしゃいだ声を出した。
かと思えばさして興味がなさそうな女もいる。
愁は質問にでたらめを返した。
華やいだ声を黙って聞いているとどんどんいづらくなり、何度も席を立とうとした。
そうしなかったのはなんとなくではあったがわかっていた。
多分失うものへの情だ。
シャスカさえ差し置いて、この世界に来て最も積極的に関わろうとしてきたのは彼女だった。
自分の存在についてできる限りの説明をしたいと思ったこともあったが、彼女の気持ちに報いる方法があるなら、たった一つ。
女たちの会話は終了したようだ。
一人が席を離れると次々に小さく手を振っては一階へと降りていく。
「ちゃんと生活してるみたいで安心したわ」
他に誰もいなくなったテーブルに散らばった紙くずを片付けながら出し抜けに愁が言った。
どう返事をしていいやら迷っているうちに早口の説明が付け足された。
「肩身が狭いのよ。
彼氏がいないと。
欲しがってないから怪しまれるし勘ぐられちゃう。
……見栄もあるけどね」
「なるほど、余はその架空の人物になったわけか」
「そういうこと。
おかげでしばらくは余計な世話やかれないで済むわ、ありがと。
何かお礼がしたいけど、また私と顔合わせるの嫌でしょ?」
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