23人が本棚に入れています
本棚に追加
そんなことはない。
冷たく当たっていたのは後ろめたさのせいであまり関わりたくなかっただけで、彼女自身の問題ではないと言いたかったが、今考えている計画が成功しようと失敗しようと二度と会うことはないだろう。
言葉を押さえ込み、目の前の氷が溶けて量が増えたオレンジジュースを睨んだ。
店を出て、なんとなく別れの言葉を告げられず歩き出すと愁は横についてきた。
まだ話があるのか。
たまたま行く先が一緒なのかどちらかはわからない。
「恋人が欲しくないのか?」
小さな声で呟いた。
走り行く自動車のタイヤが路面を擦る音でかき消されたかと思ったが、どうやら聴こえたらしく少し寂しそうな顔で考えているようだった。
「欲しいことは欲しいけど、彼氏が欲しいんじゃなくて彼氏にしたい人がいるってこと。
ごまかしはしたくないのよね。
……別にもてないってわけじゃないんだからね?」
茶化すように言い終えて、立ち止まったこちらの前を歩き続ける。
体の深くへ手を差し込まれたような感覚があった。
彼女の言葉が自分の気持ちと重なった。
「びびってるわけでもないからね。
次逢えたらちゃんと自分から告白するもん。
どこで何してる人なのかわかんないんだけどね。
一回逢っただけだから」
振り返って、照れたように笑う。
眼だけは妙に真剣で、頬に赤みが差していた。
「もっと楽な道があるんじゃないか?」
「え?」
「もっと簡単に納得できる道だってきっとあるだろうに。
無理に困難な道を探すこともないだろうに」
こんな世界に飛び込まずにそのうちに持ち込まれるであろう縁談を受け入れていれば煩わされることもなかった。
馬鹿なことを考えることもなかった。
「諦めろ」
残酷だとわかっているセリフをできるだけ冷淡に告げて、自分自身谷底へ突き落とされたような気持ちになった。
愁は、両手を握り締めて怒りに震えた。
「あんたに――あんたにそんなこと言われるとは思わなかった。
私なりに頑張ってるんだから何も知らないくせにごちゃごちゃ言わないでよ」
最初のコメントを投稿しよう!