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思いもよらない賛美の声に、玉藻は一瞬自らの体が現実から乖離したのかと思った。静波はそんな彼女が窺い知れない位置で少しだけ笑った。
食堂の中で早飯を食べる生徒には、玉藻が急にもじもじし出したのを見咎めるほど神経質な生徒はいなかった。
「だろ?」
「ああ、特に『pride/blade』のサビはよかったと思う。後は歌い手だな」
「おい、それは俺に対する嫌味か?」
仲良し二人組の茶化しあいなんて何処吹く風、もとい別世界。玉藻の脳内は火原の発言がリフレインしてもう止まらない。
「ありがとうございますっ!」
「うわっ!」
その思いはストレートな言葉になり、二人の雑談を遮った。妙な沈黙を経て、ようやく玉藻は自分が失態を起こしてしまったことに気が付いた。
「あ、あう……」
「カイ、この子が玉藻だ」
事態を把握し赤面する火原と、俯いて声にならない呻きを漏らす玉藻。二人の間で静波がニヤニヤしているのを、彼等は知らない。
いち早くショックから立ち直った火原が、恨めしそうな視線を投げる。
「少し、悪戯が過ぎるぞ」
「はて?」
「静、君の目的は僕と玉藻さんをここに呼び寄せて面通しをさせることにあったんだな?」
火原としては、それが正解だとは思っていなかった――そんなことをする理由が分からない――が、静波は真顔で頷き、彼の度肝を抜いた。
貫いた言葉の弾丸は、火原の言葉に反応して顔をあげていた玉藻のそれをもぶち抜く羽目になる。
「蒼、それでアタシ呼んだの?」
「そう。わざわざ一限出て、いる必要のない場所でのんびりしながら、ね」
道化師のようにニヤニヤ笑いながら、しかしその意図している所はまるで掴めない不気味さを携えながら、静波は二人を翻弄する。
「でも、蒼そんなことして何が楽しいの? まさか、ただの自己満とか言わないよね?」
時折奇妙な行動を起こす静波を間近で見てきた玉藻であるが、それよりもっと長い間彼と親友関係にある火原が、首を横に振った。
「……僕と、玉藻さんとで共同作曲してほしいんだろう」
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