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結局、私は1時間も経たないうちに引き上げることにした。
間が持たなかったわけではない、魔がさしそうになるからだ。
今宵は自身の恋人たちと、舌で語らうことにしよう。なに、侘しくはない、こちらは両手に華なのだから。
……たまには痛飲するのも悪くなかろう。
大方の予想通り、引き留められはしたが、そこは、
『あいや、止めてくれるなお嬢さん。止められれば、俺とて心が揺らぐ』
と、伊達男を気取りたかったのだが――実際は、頭を何度も下げて丁重にお断りした。
しかし、それでも彼女は、執拗に私を引き留めたのだ。
何か、様子がおかしい。
その可憐な笑顔は変わりないはずなのに、どこか焦ったような必死さを感じさせるのだ。
「大輔にも、もうじき会えると思いますから……今しばらく」
彼女は慎ましい愛想笑いのまま、しなやかに手を伸ばすやいなや、いきなり私の袖に掴みかかった。
驚いて腕を引いたが、よほどの力が入れられているのだろう、私の方が足を取られそうになる。
「もう少しだけ、ですから……」
そう言うと、彼女は指先に、より一層の力を込める。
まるで、逃がすまいと獣が獲物に爪を立てるようだった。
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