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その日、私は酔っていなかった。
別に休肝日というわけではなく、正直なところ、依頼された原稿の締切日が迫っていたため、酔うに酔えない状況だったのだ。
小説家などは、良いアイディアが浮かばない時には酒に頼ることもあるらしいが、広告代理のまがいごとをしている三文ライターに、そんな放蕩は許されない。
一度でも締切を守れないと、あっさり見限られてしまうからだ。
だから、あれほど愛してやまないワイルドターキーのふくいくたる味わいに、しばしの別れを告げるほかなかった。
無論、辛くないはずがなかろう。それも両想いだけに、心は張り裂けんばかりだった。
片時たりとも離れたくないのに、今は逢うことができないとは……まるで遠距離恋愛のようだ。
しかし、食いぶちを失うわけにもいかないので、栄養ドリンク片手に、目を真っ赤にしながら、肺が痛くなるまで煙草を吸っているというわけだ。
そうして、原稿はつつがなく締切ギリギリに完成した。(あえて、こう言った。締切を守れたのならば、私にしては上出来なのだ)
原稿料はスズメの涙に等しいが、それでも“恋人”を2本ほど購入した。
祝杯というほどでもないが、禁欲生活をたえきった自分へのご褒美だ。
恋人と、舌の上で静かに語り合うのも悪くはないが、この日は無性に誰かと楽しみを分かち合いたい衝動にかられた。
何より、両手に華では身持ちが悪かろう。
それに私の肝臓は、1日に1本の恋人しか愛せないのだ。
まあ、そんな私を、友人は「酒豪だ」と言って呆れるのだが……
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