1

1/8
前へ
/8ページ
次へ

1

その日、私は酔っていなかった。 別に休肝日というわけではなく、正直なところ、依頼された原稿の締切日が迫っていたため、酔うに酔えない状況だったのだ。 小説家などは、良いアイディアが浮かばない時には酒に頼ることもあるらしいが、広告代理のまがいごとをしている三文ライターに、そんな放蕩は許されない。 一度でも締切を守れないと、あっさり見限られてしまうからだ。 だから、あれほど愛してやまないワイルドターキーのふくいくたる味わいに、しばしの別れを告げるほかなかった。 無論、辛くないはずがなかろう。それも両想いだけに、心は張り裂けんばかりだった。 片時たりとも離れたくないのに、今は逢うことができないとは……まるで遠距離恋愛のようだ。 しかし、食いぶちを失うわけにもいかないので、栄養ドリンク片手に、目を真っ赤にしながら、肺が痛くなるまで煙草を吸っているというわけだ。 そうして、原稿はつつがなく締切ギリギリに完成した。(あえて、こう言った。締切を守れたのならば、私にしては上出来なのだ) 原稿料はスズメの涙に等しいが、それでも“恋人”を2本ほど購入した。 祝杯というほどでもないが、禁欲生活をたえきった自分へのご褒美だ。 恋人と、舌の上で静かに語り合うのも悪くはないが、この日は無性に誰かと楽しみを分かち合いたい衝動にかられた。 何より、両手に華では身持ちが悪かろう。 それに私の肝臓は、1日に1本の恋人しか愛せないのだ。 まあ、そんな私を、友人は「酒豪だ」と言って呆れるのだが……
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加