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ガチリと固まっていた俺は何とか冷静を装い、鏡を掴むと莉亜に突き付けた。
『ほら、まだ見て無かっただろ。見てみろ。似合うだろ簪』
「え?あ」
『見たか?見たな?まぁ帰ったらもっとゆっくり見れば良い』
「え、え?」
俺は戸惑うばかりの莉亜から鏡を取り上げると、風呂敷に包み直すが随分と不恰好になった。
が、気にしてる暇はねぇ。
早くこんな人気の無い所から脱け出さねぇと、危ない。
『…』
莉亜の貞操が。
……。
おい、総司。
拳骨かまして悪かったな。
「ひ、土方はん?」
『…ん?準備出来たか?』
「はぁ」
俺は立ち上がり、軽く袴を払うと刀を腰に差す。
釣られて立ち上がった莉亜も着物を払い、有平糖の包みを手に取り自らの袂に入れた。
「あの…急な用でも?」
『いや?お前とのんびり帰るつもりだが?』
「…そ、どすか。良かった」
ニコリと笑う莉亜の手を取って、なるべく柔らかく笑って頷いた。
『夕餉の支度も心配要らねぇし、ゆっくり帰ろう』
「…はい」
素直に喜べ無いのはきっと、仕事を任せっ切りな事への後ろめたさからだろうな。
『そんな顔する必要無い。まだ遠慮してんのか?』
「え…」
『行くぞ』
返事も待たずに手を引いて歩き出した俺に、慌てて付いて来る莉亜を気遣いながら土手を登った。
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