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ザアァッ
突如、満開の花を散らす程の強い風に吹かれ、木の下に居る女は舞い踊る花弁から逃げる様に顔を背けた。
その瞬間、はっきりと見えた女の横顔に男の胸がドクリと鳴り…その鋭い瞳を見開く。
それは自分の鼓動に驚いたからなのか、それとも。
少し俯いた女の横顔は哀しげに歪められ、片手で風にさらわれる髪を押さえる姿が…月の光のもと儚げに映る。
何故か胸が疼いた。
(綺麗だ…)
男はスッと瞳を細め、再び梅に顔を向けた女の背を見ながら静かに歩みを進める。
ゆっくり…女のもとへと。
(今しがたまで無視して帰ろうとしてたのによ)
胸がざわつくのは早く傍に行きたいのに、敢えてゆるりと歩いている自分への苛立ちだと思った。
しかし近付くにつれ、ざわめきは膨れ上がって来る。
傍に行って自分は何をしたいのか…ただ近くで顔を見てみたかった。
どんな声を発するのだろうか?
惹き付けられる。
梅の花よりも何倍も強く―。
女にこれ程の興味を持った事が無かった男は、己の行動に思わず苦い笑いが込み上げて来る。
その時、聞こえて来たのは
「堪忍してね…」
澄んだ柔らかな…しかしどこか哀しい声、だった。
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