恋の道 壱

3/32

3095人が本棚に入れています
本棚に追加
/1312ページ
「…だ、誰?」 女が僅かに後退り、声を発するまで俺は見惚れていた。 と、思う。 綺麗な涙だ、と。 女の涙なんて散々見て来たが、こんな風に感じた事など一度も無かった。 『……』 大人しくなっていた胸のざわめきが再び五月蝿くなり始める。 俺は直接触れて拭いたい衝動を堪えて、懐から柔らかい方の懐紙を抜き女に差し出した。 『可愛い顔が台無しだ』 ……おい待て。 俺はこんな事言う様な奴だったか? いや、違う。 さっきから何言ってんだ俺は! 凄ぇ気持ち悪ぃ。 内心焦っているがおくびにも出さず、女に懐紙を渡そうと一歩近寄る。 その瞬間、見えた怯える顔に何故かズキリと痛む胸を不思議に思った。 「…あ」 女は自分の涙に今気付いた様に手を頬に添える。 『ほら』 これ以上怯えさせない様に、そっと懐紙を握らせる。 そのまま女に背を向け、梅の木に近付きゆっくりと見上げた。 ……怯えさせたく無い? 何故。この俺が気を使うなんざ…どうしてだ。 それにさっきからやけに動悸が…緊張している? こんなちっこい女一人に? フン…そんな筈ねぇ。
/1312ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3095人が本棚に入れています
本棚に追加