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「…よく来たな」
ぽつり、とつぶやいたあなたの一言で。わたしの中で、何かが音をたててちぎれた。
次々溢れてとまらない涙を、拭うこともせず。
ただ、ひたすら。
あなたの胸にすがりついて、泣いた。
会いたかった。
寂しかった。
不安だった。
怖かった。
もはや、言葉になっていないわたしの叫びを。あなたは黙って、受け止める。
本当に言いたかったことは、そんなことじゃない。
わたしがずっと。
ずっと言いたくて、言いたくて。
ここまで大切に抱えてきた想い。
「…行か、ないでっ…」
行かないで。
そばにいて。
置いていかないで。
一人にしないで。
行かないで、行かないで。
わたしの悲痛な叫びが、あたりに響きわたる。
ゆっくり、ゆっくりと、あなたの腕がわたしの背にまわった。ぐずぐず、と泣き続けるわたしに、あなたはたった一言。
「すまん」
本当に、ひどい人。
どうせ突き放すなら、わたしの腕も振りほどけばいいのに。
自分のぬくもりを、わたしに刻み付けるように。しばらくわたしを抱きしめたあなたは。
そのままわたしの頭をひとなでして、踵を返す。
涙に濡れた視界が、すみの桜木をうつした。
花びらがはらはらと、あの人の後ろ姿を隠すように舞い散る。
しひて行く 人をとどめよ 桜花
いずれを道と 迷ふまで散れ
(行かないで、とどんなに頼んでも、足をとめてはもらえないから。どうか桜よ、もっと散って、その桜吹雪であの人の行く道を隠してください。)
一瞬でもいいから、生き急ぐあの人を
わたしの側に繋ぎ止めておきたいのです。
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