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例えば新しい星が見つかったとか、誰も見たことの無い蝶を見つけたとかいう話は、それがすごいことであってもそれほど世の中の人は驚かないでしょう。
なのにイズミさんが新しく母親になると聞いた時には、周りの人はそれこそ天地がひっくりかえるほどおどろいたのです。
だってイズミさんはいつも自分の興味の向くまま生きていて、生活とか、ファッションとか、政治とか、他の人が頭を痛めて悩むようなことにはぜんぜん関心がなかったのですから。
彼女が好きなのは、風の音や、虫の声、コーヒーカップを洗うこと、晴れた日にシャツを干すこと、その他、他の人が気にもとめないようなことに小さな喜びを感じるのです。
そんなイズミさんが母親になると聞いて、周りの人たちは必要以上に心配したり、優しい言葉をかけたりします。
そんな風に優しくされると、自分も母親になるのかな、なんて思ったりもしますが、それでもいまいち彼女には母親になるという実感がわきません。
だって今まで母親でいたことなんて一度もありませんしね。
だから彼女がちょっと外に出かけて考えをまとめてみようとおもったのも無理もないとおもいますよ。
イズミさんが防波堤に腰かけ、足をぶらぶらさせながら、テトラポットに波がぶつかって白く砕けるのを眺めていると、足元の海からのんびりとした声が彼女を呼びました。
「アンタも母親になるのかい?」
見ると、とても大きなマンボウが波間からぷかぷかとイズミさんを見上げています。
「そうよ、ワタシ、もうすぐお母さんになるわ」
イズミさんものんびりと、それでも潮風に言葉をさらわれないように優しい声で答えました。
「子供は一人かい?」
「まだわからないの」
「アタシは子だくさんでね」
マンボウは大きなおなかで少し苦しそうにふうふう言いながらおしゃべりを続けます。
「そりゃたくさんの子を産むのさ」
「どれぐらい?」
「星の数ほどたくさん産むのさ」
「そんなに?」
イズミさんは星を見るのも好きですが、夜空には数えきれないほどたくさんの星がちらちらと燃えています。
「そんなにたくさんの子供を産んで、どうするの?」
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