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私が手に取った懐炉は、一筋縄ではいきませんでした。
袋から出すところまでは同じ。
その時私は駅のエスカレーターに乗っていました。
それは寒い冬でした。
ポケットから懐炉をだし、そろそろ外かとぼやっとしていました。
懐炉を袋から出してみました。
暖かくなるまで少し振っていました。
そうしたらなんということでしょう。
小さな粉がぱらぱら、ぱらぱらと手の中から出てくるのです。
懐炉に穴が開いていました。
よくみると二重構造になっていて、半分のところに間仕切りがあります。
穴は間仕切りの両方に開いていました。
初め見たとき私は、その二つの中身が混ざって暖かくなるのだと理解しました。
ふと、つんと鼻に刺さりました。
片方の穴からぱらぱらと顔を見せているのは唐辛子でした。
真っ赤な、とても辛そうな。
私はポケットからセロハンテープを取り出しました。
懐炉はあったかくなってきていたので、穴をふさごうとだけ考えました。
人間の手は二つしかないのですが。
片方の手で懐炉をもちながらセロハンテープを切るのは無理がありました。
なぜかって。
穴は表だけあいていると思ったら裏にもあいていたんです。
裏の穴からはいかにも効きそうな薬草がぱらぱら、ぱらぱら。
表の穴さえもふさいでいないのにこの穴をふさごうと思いました。
人間の手は二つしかないのに。
片方の手で切ろうとしても、もう片方の穴からぱらぱら。
私が苦戦している間、エレベーターから降りることはありませんでした。
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