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「だーかーら、帰らねえっつってんじゃん。別に危篤ってわけじゃねんだろ?」
日も昇っていない早朝。薄暗い部屋の隅で、電話を耳に当てたロイはため息をついた。
家具も必要最低限しか置かれていない質素な部屋。しかし壁際の本棚にはぎっしりと魔法学に関しての本が並べられている。埃をかぶっていない辺りを見ると、手入れを欠かしていないのか。それともそんなものをかぶる暇も無いほど読みこまれているのか。
「母さんが病弱なのは昔からだろ。ちょっと体調崩したくらいでいちいち帰ってたらクビになるっつうの」
空いた片手の人差し指を立て、その先に火を灯す。それを数字の一から十まで変形させて遊ぶ様子から、一刻も早く切りたいという思いが伺えた。
『母さんの体のことだけじゃない。店の人手が無くなって大変なときなんだよ。頼む。一週間だけでもいいから手伝いにこれないか』
「だから無理だって。そんなに休み貰ってる奴なんかいねえよ」
『だが……』
「それにさ」
指先に灯していた火を消し、空を睨む。
「母さんだって、俺になんか会いたくねえはずだよ」
『ロイ! お前まだそんなこと……』
電話の相手が声を荒げるが、それを聞かずにロイは受話器を置いた。やっと終わったとでも言うように息をはき、ベッドへ横たわる。
眠気はとうに覚めているのだが、ロイはゆっくりと目を閉じた。そうすると鮮明に思い出される。
『黙って俺について来い』
昨日のフィアの言葉。まともに見るだけで嫌悪感が湧くほど嫌いだったアレの言葉に、情けなくも鳥肌が立ったのを思い出す。
高揚した。
あの場で、ロイの全ては確実にフィアに掻っ攫われていた。それでもいいと思った。それほどまでに……。
「ああ、もう!」
頭を掻き毟る。思い出すだけで血が沸く自分に苛立ちが隠せない。
「……くだらねえ」
一言呟くと同時に力の抜けていくロイの体。覚めていたと思っていた眠気が再び襲い、ロイの意識はゆるやかに遠ざかっていった。
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