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(い、いいわ。本を返すだけだもの。さっと行って机の上に置いてくればいいだけでしょう)
まるで肝試しのような発想だ。短期決戦を仕掛けるつもりで、アーラは勢い良く部屋の中に入った!
――ぱたん。
すかさず、ヴァードとヴェニが扉を閉めてしまう。はっとなって振り返っても、そこにあるのは堅く出口を閉ざした扉のみ。
(嘘でしょ……!? 扉閉めちゃうの!?)
叫び出したい気持ちをぎりぎりで堪え、飛び出しそうになる悲鳴を口を押さえてやり過ごした。入ってきた扉が閉められると中は本当に真っ暗で、少し動いただけでも前後が分からなくなってしまいそうだ。悲鳴以上に飛び出しそうな心臓が、どきどきと鼓動を早める。なんだか、足元がひんやりしてきた。闇という本能的な恐怖、更にその奥に居るであろうクロイツへの恐怖心が極限まで高まり、アーラは情けなくもその場でヘナヘナと座り込んでしまった。
どういう訳か、アーラが中に入ってもクロイツからの反応は何もなかった。本当にこの部屋に居るのだろうかという疑問が湧いてくるが、それならば彼女達があそこまで怯える理由が見当たらない。アーラから近付くまで、牙を研いで待ち構えているとでもいうのだろうか?
恐怖心はいたずらにアーラの勇気を奪っていく。もはや最初の『さっと行って』などというプランも吹き飛んだ。こう何も見えないと、足元もおぼつかないしどれが机かすら分からない。心細い気持ちがふつふつと胸の中を満たしていき、アーラは泣きそうになる目をぎゅっと瞑った。
だが、それが却って良い結果を生むこともある。しばらくして恐る恐る目を開けてみれば、ようやく目が闇に慣れたのか、すぐ目の前の扉が視認できるまで視界が戻ってきた。床に目を移せば、何か障害になるようなものも落ちていない。扉に手をつきながら、笑って崩れ落ちそうになる膝を励ましつつ、時間をかけてようやくアーラは立ち上がる。
右手で聖書を抱え、左手で壁に手をつきながらゆっくりと進む。天井は広いのに、腰が引けて前屈みになりながらよちよちと歩く自分が情けなくて泣けてくる。こんなことなら、本を返すなどといわなければ良かったとまで後悔した。
どうやら、扉から先の入り口部分は小さな廊下になっているようだ。少し歩くと、右側が唐突に開けた。といっても暗いのは変わりないので、なんとなく空間が広がったような認識しかできないが。
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