Convivium

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 雷が落ちたかのような轟音。怒りに満ちた、地面の底から響いてくるような低い声。バラに伸ばしていた手を即座に引っ込めたアーラは、背後から降ってきた声に文字通り飛び上がって瞬時に振り向いた。  本当に恐ろしい時ほど悲鳴は凍って声にならないのだと、アーラはこの時初めて知る。  部屋の主、城の主人、クロイツがそこに立っていた。冷たい風を足元から吹き上げさせ、カーテンを揺らし、冷気を怒りとともにまき散らしながらアーラを見下ろしている。腰が抜けたアーラが、ぺたん、とその場に尻餅をつく。かちかちと歯の根が噛み合ず、アーラは聖書をかき抱く。  何か、何か言い訳を。  そう思っても思考は悪戯に空回りし、喉は張り付き、舌は渇いて歯が激しく上下する。毛穴という毛穴から汗が噴き出してじわりと不愉快な湿気を纏わせた。 「誰の許可を持ってここに入った」  黙り込んでしまったアーラの代わりに、クロイツが重々しく口を開く。その一言一句は確実にアーラの勇気を削ぐものであり、怒りで静かに燃え上がる青い瞳がただただ恐ろしくて、驚異的なまでに高圧的で、気絶しないよう自我を保つことで精一杯であった。  許可など得ていないことなど分かりきっているだろうに、クロイツは矮小な獲物をじっくりなぶり殺すようにアーラを責めた。クロイツの肩からかけられた大きなマントが、ぶわりと風に踊っている。それをたなびかせながら、クロイツはゆっくりとした動作で膝をついた。見上げていたアーラとの視線が平行になり、泣き出しそうな彼女の顔がよく見えた。 「……ご、ごめっ……ごめんな……さっ……ッ……!」  涙を流す余裕すらないアーラが、ガチガチと歯を鳴らしながら一生懸命謝罪の言葉を口にする。クロイツが呆れたような、哀れんでいるような苦笑を浮かべたところを、アーラは見ただろうか。  そっとクロイツが伸ばしてきた手に、アーラはビクリと全身を震わせて構えた。アーラの頬に触れる寸前だった指先が、その反応を見てピタリとその場に留まる。ふう、と煙草の香りのするため息が吐かれた。 「もう、いい。怒っていないから、そう怯えるな」  そう言われても、無表情のクロイツを見ていると、とてもその言葉を鵜呑みにできそうにない。ありったけの力を込めてずるずると尻を擦りながら後退するアーラを見て、クロイツは再びため息をつく。 「なら、これでどうだ?」
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