Convivium

30/40
前へ
/321ページ
次へ
 クロイツはそう言うと、パチンと指を鳴らした。  すると、ボゥッという音と共に部屋に置いてあった燭台に火が灯る。  棚の上、机の上、サイドテーブルの上。大小さまざまな燭台が控えめながら生み出した灯りはアーラに正気を与え、落ち着きを取り戻させた。ようやく一粒ポロリと流れた涙を恥ずかしそうに拭って、その不思議な現象にただただ目を見張る。 「闇に慣れたお前の目に、この光は眩しかろう」  確かにクロイツの言う通りだ。灯りはさほど多くなく、まだ闇の部分も多いのに、アーラはまともに目を開けていられないくらいの眩しさを感じていた。闇から急に光へ引っ張り出されてきた目がついていけずに、クラクラと目眩のようなものまでする。光が目にしみるなど、今まで感じたことはなかった。  光を見てるといつの間にか震えが消えていた。考えてみれば、返事も許可もなく入ってきたアーラは怒られて当然なのだ。それを覚悟してきたはずの自分を恥ずかしく思い、少しよろける足を励まして立ち上がった。   「……あ、あの……勝手に入室しまして、申し訳ありませんでした」  律儀に頭を下げるアーラに対して、クロイツは呆れたようなため息を返す。アーラなど眼中にない様子で立ち上がると、闇色のマントを鬱陶しそうに肩から外してソファに放った。マントから「ぐえ」と小さな悲鳴が上がり、あの夜に空を飛ばせていた喋るマントだったことを知る。 「それはもういい。何用だ、シスター。まさか迷子などとつまらぬことを言うまいな」  不機嫌そうな声。マントを着ていたということは、どこかへ出かけていたのだろうか。アーラは答えを返すべく口を開いたけれども、クロイツと二人きりになって良いことなど一つもなかった故に言葉がからまって、上手く発せない。  そんなアーラを面白くなさそうに横目でちらと見た彼は、無理に聞き出すのを諦めたらしい。珍しく首元に白いスカーフを巻いていたクロイツは、それを乱暴に引っ張って取るとマントの上へポイと投げる。次いで白いシャツのボタンを、上から三番目まで窮屈そうに外していく。手首のボタンも外して軽く腕まくりすると、ようやく楽になったらしい。黒い髪を軽く指で梳きながら、ふぅと安堵の息を吐いた。
/321ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加