Convivium

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「お前は本当に愚か者だな。わざわざ用意する訳がなかろう。余ってたんで、哀れなシスターにやろうと言うだけだ」  嫌みなほど晴れやかに笑うクロイツに。  アーラは初めて、反抗心をはっきりと自覚した。  ピシリと音を立てて青筋が浮かんでいく気さえする。では、ここまで来る苦労は、この部屋に入ってからの恐怖は、怯えた心は一体なんだったというのか。道化という単語がぴったり合い過ぎて、怒りのあまり卒倒しそうになった。 (こんな人を一瞬でも“優しい”と思ったわたしがバカだった!)  クロイツはやはり無慈悲なヴァンパイアだ。冷徹な男だ。人の心など、考えたこともないのだろう。にやにやと笑う人の悪い笑みがその証拠だ。  もうこれ以上この部屋にいたくなくて、居る理由もなくて、アーラは全身の産毛を猫のように逆立てて勢い良く踵を返した。 「待て」  投げかけられると思っていなかった、予想外の呼びかけ。立ち止まるつもりではなかったのに、足が勝手にピタリと止まる。けれども振り向くのはどうしてもプライドが許さなくて、クロイツに背を向けたまま無言でいることで、反抗心を示した。 「こちらへ来い」  そんなアーラの小さな抵抗などどこ吹く風で、横柄でずいぶん上からな物言いに、アーラは素直になれずスカートを掴んだまま突っ立っていた。そんなアーラを置いて、クロイツが一人ソファから立ち上がる音がする。毛足の長い、青い絨毯を踏んで移動する音。視覚で状況が見えない分、聴覚が鋭敏になっているようだ。入り口とは反対側の扉が静かに開く音が聞こえて、彼が隣室へ行ってしまったことを知ると、ようやくアーラは振り返った。  一人きりのリビングルーム。先程までクロイツが座っていたソファには、取り残されたマントが寂しげに背もたれへ寄りかかっている。飲みかけのワインから、つぅっと一筋赤い雫がテーブルに向かって垂れていった。 「何をしている、早くしろ」  ぼんやりとソファを見つめているアーラへ飛ばされる、低い声の短い命令。  従う理由はないはずなのに、怒らせるのが恐ろしい。ただその一点のみでアーラは子犬のようにビクリと身体を震わせ、小走りで開いた扉の方へと向かった。
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