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半開きになっている扉から中に入れば、そこにはまた再び闇が広がっていた。
ただし、こちらは窓に闇色のレースが下がっていて、その先の窓には木の扉がぴっりちと閉じられていた。まるで夜のような暗さの中で、ほんの少し用意された燭台が必死に灯りを放っている。いくら暗さに慣れた目とはいえ、アーラでもこの濃い闇の中では再び自分を見失ってしまいそうだ。
(ここ……寝室?)
アーラの部屋に置いてあるよりも巨大な、天蓋付きの立派なベッドがでかでかと部屋の中央に鎮座している。窓の反対側の壁には天井まで届くほどの本棚があり、その中には隙間なく様々な色の背表紙を持った本が整然と並んでいた。
「ヴァンパイアは棺桶で眠ると思ったか?」
ベッドに腰掛けているクロイツが、蝋燭の明かりに白い肌を浮き上がらせながらニヤリとして言った。予想されていたことを言い当てられて、アーラは面食らうと共にクロイツのわざとらしさに心がかき乱れる。自身をヴァンパイアではなく「エストレア」だと主張していたのは彼であり、わざわざヴァンパイアと呼称してからかってくる意地悪さには反発心しか生まれない。
「……ええ。陽の光も見えないように、窓もないのかと思ってましたわ」
自分の中でできるだけの嫌味を込めたつもりだったが、クロイツには少しも効いていない。どころか、やたら冷静な目でじとりと睨まれてしまった。
「ふん。私は死人ではないからな。誇り高きエストレアだ」
(ヴァンパイアって言ったの、そっちなくせに……)
とは面と向かって言えずに、アーラは片方の頬をぷっくりと膨らませてわざとらしくもそっぽを向いた。それ以外にこのイライラを相手へ伝える手段が分からなくて、幼稚だと自覚しつつも思いを主張せずにはいられない。
視線を外した先、ベッドの近くの床には包帯が散乱していた。どれも赤黒く変色していて、見るだけで痛々しい様である。
むくれていたアーラの視線に気付いたクロイツが、立ち上がって包帯を拾っていく。
「あの、それ……」
どこか、悪いのだろうか。包帯の量も多く、そのほとんどが染まっていたところを見るからに相当深い傷だったのだろう。
拾った包帯を忌々しく握りしめたクロイツが、アーラに背中を向けたまま苦々しく呟いた。
「……あのシスターに受けた弾痕が、思ったより治らなくてな」
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