Convivium

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 優しい声、優しいまなざし、そっと頬に触れる彼の指。  ――だが、これくらいのことで先程の出来事を帳消しにできるほど、アーラは“できた”女ではなかったようだ。 「~~~~っだからって、舐めた事実は変わりませんーっ!」  アーラの中で、何かの糸がぷつん、と切れたかのようだった。  バシッと音がするほど強くクロイツの手を払いのけ、見たこともない俊敏さで後ろへ大きく飛び退く。  今にも大粒の涙を情けなくも乙女のようにボロボロ流しそうになるアーラを見て、クロイツは苦笑する。人の何倍もある聴覚がアーラの絶叫に悲鳴を上げる。彼女は舐めてやった方の耳を押さえながら、必死に泣くのだけは我慢しているようであるが。 「なんだ、そんなこと」  クロイツにとっては、本当に「そんなことで」怒るなどまるで理解出来なかった。  それが、アーラの怒りに火をつけることも分からないままに。 「そんなことッ!? あああなたみたいなヴァンパイアにとってはそんなことなんでしょうけどね! わたしはシスターなんですよ!」  怒りが恐れを凌駕し、アーラは食って掛かるような勢いでクロイツを責めた。ようやく戻ってきた愛おしいロザリオをぐいぐいクロイツの眼前に押し付けて、さしもの彼も多少たじろぐ。 「分かった、分かった。もう次はしない」  両手を軽く上げ、心底うんざりした様子で宣言するクロイツ。 「次は!?」 「金輪際、清らかなるシスター=アーラには触れぬ。それで良かろう」  意外にもあっさりと誓いを立てられた内容に、アーラの怒りも徐々に落ち着いてくる。そもそも怒りとは、相手が受け止めてくれなければそれ以上燃焼することはできないのだ。クロイツのように、謝るでもなく、逆に怒るでもなく、冷静に受け流されてしまうと、自身の滑稽さが跳ね返ってきてしまう。  獣のように興奮した息で、クロイツを警戒するアーラ。一歩でも踏み込めば本当に噛み付かれてしまいそうだ。両手を上げたままの彼を許すかどうか、アーラは難しい判断を迫られていた。
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