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(やっぱり、この人は危険だ!)
近寄らなければ良かった。聖書など、いらないと言われた本など返しにこなければ。色んな後悔が入り交じってアーラの心を暗く染めていく。
許せない。こんな人、絶対許せ――――
『――慈悲を。』
「……っ!」
こんな瀬戸際にも響く、ウルラの声が。
アーラの怒りを、完全に鎮火させた。
「……分かり、ました……」
嫌々に、絞り出すようにぎりぎりの理性で紡がれた言葉は、事実上の敗北宣言。
しかしそんなアーラの葛藤などどこ吹く風のクロイツが、壁に背を預けながらアーラの行動を楽しそうに見守っている。腕を組んだその姿からは余裕しか感じられなくて、ここまで悩み抜いている自分が馬鹿に思えてくる。それがまた苛ついて、鼻息荒くクロイツに噛み付いた。
「でも、お約束は守ってくださいね! 今後わたしに触れることは、許しませんから!」
ドスドスとわざと荒々しい足音を響かせて、踵を返し部屋を出て行くアーラ。
なんだかんだ言って、ベッドに放られたときもしっかりと聖書を握りしめているところを見ると、彼女は心の心からシスターなのだと思う。それが良い意味なのかどうかの判断は、クロイツにはつかないが。
「……野鼠のような奴だな」
警戒心たっぷり、用心深いギラギラとした目がいかにも、野に暮らすか弱い小さな身体の野鼠そっくりで。笑ってはいけないと思いつつも、彼女の去った扉から視線を外せずにクスクスと笑う。
「許さない、ね……」
それもいいな、と暗い部屋で一人呟いた彼を、アーラは知らない。
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