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「シスター。シスター=アーラ?」
風が、吹いた。
この丘に咲き乱れる花が溶けたような、心を誘われる甘い香り。
その丘の上、桃色の花をつける樹の下で。アーラは、同僚からの呼びかけに振り向いた。
何せ、神父様以外から名前を呼ばれる事など滅多にある事ではない。今月に入っては、これが初めてであった。
アーラは薄紅色の長い髪を真っ白なヴェール(頭巾)で隠し、同じく白い修道着は裾にいくほどふわりと広がっている。靴は茶色の編み上げブーツであり、ロザリオは教会の規則で金色だ。金色のボタンで彩られたドレスは、修道着と思えぬ程華やかだった。
それを身にまとっているのがアーラのような美しい少女だと、より目を引く。
同僚のシスターもそれをよく分かっているのか、春の柔らかい光に包まれたアーラにうっとりと魅入った。規則と祈り、奉仕と戒律に縛られた修道女という立場を忘れそうなくらいに、彼女は綺麗だ。
だからなのだろうか。彼女は他のシスターとの折り合いが、相当悪い。
「ああ……もう、お時間ですか。すみません、シスター=サラ」
アーラの、日の当たり方によっては金色にも見える不思議な目が恥ずかしそうに細められる。サラは先月ここ、聖セラフィム教会へ入ったばかりの派遣シスターだ。それだけにアーラに対しては綺麗以外の何も感想を持たなかったのだが――他のシスター達がアーラに向ける、異様なまでの嫌悪感を敏感に感じとっていた。
(こんなに可愛くて愛想もいいのに……)
いつも一緒にいるサラは、そうとしか思えないのに。
――あの娘は、笑わないから。
サラを指導する『姉方』と呼ばれる年上のシスターが、苦々しげにそう呟いたのを一度だけ聞いた事があった。
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