1.境遇

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 看護師がナースルームに帰り、病室には桜井だけが残った。  盲目の彼にとってはお気に入りの音楽をかけるのも一苦労で、いつもベッドの横付けテーブルから古い電池式のCDプレーヤーを落としそうになる。  今日も時間ができてすぐに用意をしたが、数分手探りの時間が続いた揚句に一度床に落としてしまい、その後また落とした音を頼りに床に手を伸ばし、やっと手元に置くことができた。  彼は好きなアーティストの曲を数枚だけ枕元においておき、それを時には一日何時間も、飽くことなく聞いていた。  必要なこと以外何も会話をしようとしないその態度から、桜井はいつしか院内で有数の問題患者として有名になっていた。
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