忘れたピース

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――3月28日 季節は春を迎えようとしていた。病室の窓から見える外の景色は春の訪れを感じさせる程に暖かい。 雲一つない快晴の空。蕾がまだ残るが、色鮮やかなピンクの桜が咲き始めている。 だが……俺の心は曇っていて春を感じることが出来なかった。 「真田さん。退院おめでとうございます」 「いえ、こちらこそお世話になりました」 今日は俺の退院の日。看護婦の方が俺にそう言った。 そもそもなぜ俺が入院していたか……。 それは交通事故に遭ってしまったからだ。 正確には殺人未遂の被害者。俺は高校卒業と同時に路上に押し飛ばされて乗用車に撥ねられた。 それから約2週間の入院生活が始まり、今に至る。 幸い身体に異常はなかった。でも……俺は忘れてしまったらしい……。 自分の彼女のこと“だけ”を。 後から先生に聞いたが、記憶障害を起こしたようなんだ。 変な話だろ? 家族や友達のことは覚えてるのに彼女を忘れるなんて。 そもそも俺に彼女が出来たことに驚きだ。 病院を出てみると外には見慣れた人影が3人。 一人はジーンズに黒いパーカーを着た男子。 もう一人はショートパンツに白いジャケットを着たショートヘアの女子。 そして最後が白いワンピースにピンクの服を着た黒く長い綺麗な髪をしている女子。 「真田、退院おめでとさん」 「お勤めご苦労様っす」 「横山。それに新井と……“浅田さん”」 「……退院……おめでとう……勇貴」
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