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「信介よ、お前さん、なんぞ心当たりでも有るのかい?」
徳市に水を向けられ、信介は、ああ……と返答してから、煙管を口から離して、手紙と男雛に視線を走らせた。
「神田の飯屋・おこん。飯屋っていうのは、母親と二人でやっている、小さな飯屋の事だぁな」
「随分、詳しいんだねぇ」
「おこんは、神田の三美人に入る事は無かったが、惜しいくらいの器量良しでな。一度、描かせてもらった事がある」
「そういうことかね。てっきり、懇ろになった相手かと思ったよ。桃太郎がいるのに」
にやりと意地悪く笑う徳市に、信介は肩を竦めるだけにしておいた。
描かせてもらった云々は、信介の表の顔が、喜多川一門の末席に名を連ねる、浮世絵師だからだ。
喜多川一門とはいえ、末席であるし、当代随一の浮世絵師と謳われる歌麿とは、顔さえ合わせた事も無い。
気楽で、自分が描きたいと思わなければ、全く描かない風来坊だった。
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