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ああでも、そうか。
ならばと、私は一人納得した。
この事件の、結末が見えた。
父が死んだ。
“彼女”は望みを叶えた。
ならばあと少し、もうひとつアクションを起こせば、全て完成だろう。
本当はその予定はなかったろうが、きっと、仕方ないと銘を打って実行する。
ならば私にもやらなければならない事が発生する。
1つは覚悟。1つは諦め。
そしてもうひとつ、向き合う心。
背後に冷たい気配を感じた。
私は正体が分かっていたから、なんの戸惑いもなく後ろを向いた。
“彼女”は血に錆びた包丁を持って、虚ろな顔で、しかし目だけはギラつかせて、そこに立っていた。
「ああ、気付いてしまったの。せっかく暗示をかけていたのに」
なんの感情もない声に、私は何も返さずただ黙っていた。
だってもう、私が管理できる範囲のことは、全て終わってしまう。
まだ混乱の残る頭の中では、“彼女”の愚痴が未だに巡り続けていた。
『本当は大好きなの。愛してる。本当よ。けどね、だから、』
だから、早く、私の血肉にしたいの。
…―――ああ今思えば、あの時既に、狂っていたのだろうか。
覚悟も諦めも、口先だけで準備できた。
少し投げやりだが、向き合う心も用意できてる。
しかしそれでも意味がないことに、私は気付くのが遅れた。
私だけが向き合おうと向いてみても、あちらが別の方を向いているなら、それは言わば、ただの片思いにすぎない。
“彼女”は笑った。
薄く、浅く、幸せそうに。
そうして、かつて私が母と呼んだその女は、逆手に持った汚い刃を振りかざした。
左の頬を、冷たい水が伝った。
私は笑って、さよならを言った。
―――ああ、なんだ。
向き合おうとしても、結局駄目なのか。結局無駄なのか。
なんだ、なんだ。
なんだ。
そうして私の開ききった瞳孔は、今日も臭くて暗い、この寒い箱の中を見続ける。
“彼女”の腹の中に、私の手足が入っていくのを、父の横で待ちながら。
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