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「何、これ。」
ガチャリと扉を開けて言う第一声だった。
「なんの臭い?」
特にいつもと変わった様子のないその空間。
肉や野菜や飲み物が入っていて、常時10℃以下に温度が保たれている大きな箱。
一家に一台、冷蔵庫である。
夏というむさ苦しい時季である今、風呂上りだろうが起きたばかりだろうが関係なしに喉は渇く。
そこで例によってサイダーでも飲もうかと、たった今冷蔵庫を開けたところだった。
しかし目当てのサイダーのペットボトルを視界に捉える前に、私の嗅覚を、実に不快な悪臭が刺激した。
この臭いには気分が悪くなる作用があるらしい。
私は物を飲む気も失せ、眉間にシワを寄せながら冷蔵庫を閉じた。
なんなのだろう、あの感じは。
泥水よりも粘っこくて、生ゴミよりも吐き気をもよおす。
不快以上の形容に困るほどだ。
この臭いの正体を掴もうと、家の人間が居るであろう後ろを向く。
が、そこには誰も影もなくいなかった。
おかしい、居間兼台所であるこの部屋が一番クーラーが効いているのに。
「お母さーん?」
トイレか、はたまた家事で別の部屋にでもいるのかと、部屋の戸を少し開けて声を出した。
そこでふと、私の動きが止まった。
そこでふと、私の脳が気付いた。
何か、おかしい。
違う。空気とか、気配とか、そういうのがおかしいんじゃない。
夢の中にいるような、ふわふわとした感じに少し似ている。
私は自分に問いかけた。
何か、忘れているんじゃないか。
何か、しなきゃいけないんじゃないか。
何か、そう、何か、大事なことを―――
潤滑油の切れた人形の首のように、ゆっくりと、嫌な予感を確信しているかのように、ぼんやりと、私の目は後ろに向いた。
そして再び視界に入る、冷蔵庫。
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