refrigerator

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まず指先が触れる。それから指が取っ手にかかる。 耳のすぐ横では、私の心臓だろうか地響きのように波打つ音が唸っていた。 そうしてがちゃり、滲むようにゆっくりと、灰色の違和感の箱を、ついに開け広げた。 ―――ああどうして、なんで、さっきの私、なんて馬鹿だったのだろう。 やはり私は夢の中にいるのかもしれない。 だって、こんなにも、気付かないなんて。 ごめんと小さく、声が零れた。 それはあまりにもポツリと、締まった蛇口から止どまり損ねた最後の一滴程、弱くて突飛なもの。 短い謝罪は独り言となり、ブツブツと口の周りに蔓延り始めた。 ごめん、ごめんね、ごめん。 何度も何度も繰り返される。 涙を流したかった。 それでも流れないのはきっと、今が私の嫌いな夏だから。 きっとカーテンを裂いて入ってくる、炎天があまりにも暑いから。 ―――ああ本当に、ごめん、さっきの私、本当に馬鹿だったようだ。 ごめん。 「……お父さん」 呼ぶ声を聞く人はいない。 呼びかけに応える人は、もう応えられない。 声を失っている。喉を失っている。 ああきっと、その開ききった瞳孔では、私のことももう見えないだろう。 そこにいた父の顔は、悪臭の正体を直接物語っていた。 愕然とする私の手は冷蔵庫のドアから力なくずり落ち、ただ肩からぶら下がっているだけ。 灰色のドアは私の体が邪魔で閉じれず、その内省エネのための電子音が細長く流れた。 しかし私の耳にはもはやぼんやりとも入ってこない。 夢だ。夢に決まってる。 その思いがひたすら渦巻いて、それに夢中で、動くことも泣くことも出来なかった。 ぐるぐる。ぐるぐる。 色んな考えが混ざる。 ああ、気持ち悪いな。  
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