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ーーが。
「そんな殺生な…!」
「は・な・せ!」
振り払った手は今度は腰に回されて、俺はますます身動きが取れなくなる。
全身鳥肌が逆立つのを感じながら無理矢理足を動かして歩こうとすると、もれなくこの女も付いてくる。まるで男に別れを告げられて必死にその男を引き止めようとする女のようだといつか見た昼ドラを思い出した。
「俺を一人にしないでえぇ!」
終いには泣きながら俺のズボンに顔を擦り付けてくる始末。頼むから鼻水だけは付けないでと内心思いながら少女の小さな頭を引き離そうとするが、びくともしない。
既に少女の服はビショビショだ。
だがそれも最早気にならないようで、パンツなどもうどうでもいいらしく、服が濡れるのもお構いなしでズルズルと俺に引きずられるまま数メートル先に進む。
ーーその時聞こえた。
というより、聞いてしまった、という方が正しいか。
少女の呟きに俺は今までにないくらいの悪寒に苛まれた。
「ぐへへ、腰むっちゃ細いうへぇ」
腰を不自然な動きで撫でられている気がするのは絶対に気のせいではない。
おい、表情筋ちゃんと仕事しろ。と言いたくなるような緩み切った顔で、恍惚とした表情で。
ーーこのクソアマは俺の腰を撫で回している。
これは紛れもない事実だ。
セクハラだ、痴漢だと言ってやりたいことは山ほどあるが…。
「…っ、離せこの変態!」
「あうっ」
力の限り突き飛ばすと漸く離れた変態女。女相手に、とかそんなこともうどうでもいい。
…そう、こいつは女じゃない。女じゃないから扱いなんてどうだっていい。このままこいつを置いて逃げよう。
まるで暗示のように自分に言い聞かせて何とか平常心を保つ。
こっちの気も知らないでまたくっ付いてこようとする変態を睨み付けると「うぐっ」と呻いて“待て”をされた犬のようにピタリと止まった。
……このまま帰れるかもしれない。
そう思って一歩後ろに下がると、途端に捨てられそうな仔犬のような目になるから無理だと悟る。
…厄介だ。ほんと、厄介。
俺も鬼じゃないから、びしょ濡れのこの少女を放って帰るなんてやっぱり無理なのかもしれない。……例え変態でも。
今日は厄日だ、と思いながら深いため息を吐いた。
「……こっち」
もう諦めよう。
俺は少女に手を差し伸べた。
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